牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第20回
第20回:ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』
~今も“現在進行形の傑作”~
今年は発売50周年ということで『ペット・サウンズ』が盛り上がっている。この4月にブライアン・ウィルソンが来日して『ペット・サウンズ』の再現ライヴをおこなうとも言う。もちろんハイレゾでも『ペット・サウンズ』は盛り上がっていて、MonoバージョンとMonoとStereoの両方を収めたヴァージョンが配信されている。
今日ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』は、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と並んでロック史上最も重要なアルバムとして評価されている。しかしこの2作品の受け入れられ方はまったく対照的であったようである。『サージェント・ぺパーズ』は発売と同時に傑作の評価を得たが、『ペット・サウンズ』が傑作と評価されるには長い時間が必要だった。
僕個人にしても『サージェント・ペパーズ』が好きになるには1秒とかからなかったが、『ペット・サウンズ』が好きになるにはそれなりの歳月を要した。初めて聴いた時は自分が不感症になってしまったのかと思うくらいポップス的な興奮が起きなかったものである。演奏は恐ろしく個性的なのに、音楽として強く自己主張してこないのだ。
“へそ”が抜け落ちているというか、自分が幽体離脱して聴いているような錯覚さえ覚えた。それでいてラストの電車と踏切、犬の鳴き声で現実世界に戻されてしまうのだから、音楽的カタルシスが最後まで宙ぶらりんなのである。それが僕の『ペット・サウンズ』の最初の頃の印象だ。つまり世間が傑作と言うわりには取っ付きにくかったのである。
しかしこの「取っ付きにくさ」こそが『ペット・サウンズ』を『サージェント・ペパーズ』以上に深く、永遠なものにしている気がするのである。言わば“現在進行形の傑作”であろうか。だから『ペット・サウンズ』を好きになるのに時間がかかってしまった僕から、初めて聴く人にアドバイスをするとしたら「どうか、しばらく聴き続けてみて」という事である。ある時、視界が開けて猛烈に好きになる瞬間がくるから(最初から好きになる人は問題なし)。
一旦『ペット・サウンズ』が好きになると、このアルバムはもう“底なし”である。何度聴いても飽きない。というか聴けば聴くほど、世界は拡張され新たな魅力を発見する。さっき幽体離脱と書いたが、このアルバムにはどこか“幽玄の世界”があるような気さえする。
ためしにライヴ盤『Live In London』(ハイレゾ配信あり)で『ペット・サウンズ』収録の「Wouldn’t It Be Nice」「God Only Knows 」などを聴きくらべてみてほしい。これらはライヴだと完璧にかっこいい西洋風ポップスである。曲自体の良さをあらためて認識するのであるが、ここには『ペット・サウンズ』で聴くときの“幽玄”な趣きはない(演奏にブライアン・ウィルソンが参加してないことは考えないことにする)。
どちらがいい悪いではなく、『ペット・サウンズ』というアルバムは世界でたった一つしかない音響世界ということだ。もともとハイファイな音ではないけれど、その音さえもこのアルバムの命である。ハイレゾではStereoヴァージョンのほうが、多様な使用楽器が耳に入りやすいし、音のまわりの空間も広めなので、ハイレゾの効果が感じられると思う。
しかしMonoにはMonoの世界がある。オリジナルの音がそうだから、いわゆるMono特有のガツンとした音はハイレゾでもあらわれないが(そうなったら『ペット・サウンズ』でなくなってしまう?)、ハイレゾだとベースの音はしっかり出てくるし、Mono特有の光臨のように一点放射であらわれる音が魅力だ。MonoとStereo、どちらを聴くにしても、または両方聴くにしても、アナログLP、CDときて、ハイレゾが“現在進行形の傑作”を引き継ぐ器となるだろう。
ステレオ音源とモノラル音源を同時収録!
The Beach Boys
『Pet Sounds』
(FLAC|192.0kHz/24bit)
牧野 良幸 プロフィール
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコー
ド・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。